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2023-02-18|My Hair is Bad

 
My Hair is Bad presents「アルティメットホームランツアー」日本武道館2DAYS - 1日目

 

寒さが和らいで、春特有の気だるげな空気を含んだ、柔らかな陽射しに包まれた土曜日だった。

開場よりも少し早い時間に九段下に集合して、コンビニで買った缶ビールで乾杯した。この曲さあ、とか、アルバム以外は何やるのかね、とか、そんなことを話しているうちに、あっという間に開演の時間が迫ってきて、急ぎ足で武道館に向かう。

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このバンドを一緒に見るのは、2019年末のREDLINEぶりである。そう考えると、やはりこの3年は長かったな。そんなことを思いながら足を動かした。

 


 

座席は、1Fスタンド、東側。上手。想像よりもだいぶ近い距離に驚きつつ、開演までのあと数分を席に座って大人しく待つ。それからまもなく暗転すると同時に歓声が響き渡り、一斉に立ち上がる客席の高揚感を体いっぱいに感じて、ああそうか、なんかデカいハコのライブってこんな感じだったな、なんて少し嬉しくなりながら、自分もすぐに立ち上がった。少量のアルコールを含んだからだがドキドキと音を立てているのが分かった。

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やまじゅん、バヤさん、椎木知仁の順で登場し、各々が楽器を手に持つと、やがてドラムセットに集まり、いつもの"それ"をする。この日は、3人の声がまだ聞こえないうちから、フライング気味に大歓声の拍手が鳴っていて、思わず笑みがこぼれてしまうほどの熱量が客席にはあった。

 


 

開幕1曲目は、疾走感・躍動感のあるイントロから、"そう  愛だったんだって気づいたんだ"!と爆発的に放たれる『カモフラージュ』。この曲は、おそらく本ツアーの全日程共通でトップバッターを担っているのであろう。わたしは、アルバムの1曲目の役割も担うこの曲の威力、再生からものの数秒で最新のMy Hair is Badの《解》を叩きつけられたときの衝撃を思い起こした。

ひと呼吸置いて、カラッとした暑さの、あの頃の夏が描かれる『サマー・イン・サマー』が続くと、それまで映っていた両サイドのスクリーンがプツリと消え、次の瞬間には『18歳よ』が鳴っていた。先よりも暗くなった視界の隅で、右隣の友人が大きくガッツポーズをしたのが見えた。これ、2023年の武道館でも聴けるのか。季節は一気に進んだが、時は一気に戻ったように感じた。30代を迎えた彼らが描く18歳の目は、暖かな色を帯びているようだった。

 


 

「1992年3月19日に俺は生まれて、2008年に、この2人と、この名前のバンドを始めました。」

椎木知仁の印象的な弾き語りで紡がれていく、数々の言葉。観ているうちに、我々は、これがある曲の前口上であることに、段々と気づかされていく。

「10年後の2018年3月、この武道館のステージに立ちました。それから5年、2023年!一番かっこいい俺たちで帰ってきました!My Hair is Badですよろしく!」「武道館だから特別なんじゃない、俺たちで今日を特別にするんだ!」

「だからもう、ここで言う言葉は決まってたんだ」

『ドラマみたいだ』。ハッキリと情景が滲むこの曲が、この日はなんだか少しこわく思えた。"ドラマみたいだって なんか思った"。

 


 

続いて、「angelsというアルバムから、大事な曲をやります」と披露された『翠』。ここで"知っちゃったらもう戻れないよ?知らないに二度と戻れないよ?"と歌っておいて、次に"「バレなきゃいい」とか言うからバラしてやったんだ"と歌う、過去、『彼氏として』へと繋げるこの、畜生セトリ。彼氏としてが始まった瞬間にゾクッとしたのをよく覚えている。

翠という曲を大事にしているのかな、というのは、なんとなく、昨年末のユニゾンとの対バンで思案していた。そしてこの日、その勘は正しかった、と確信した。椎木知仁が過去を過去にできたことが、この構成でハッキリと分かった。次に続いた、未来(現在)の『正直な話』が、またそれを証明するひとつのピースであったと思うのだ。

 


 

「正しい恋愛と、正しくない恋愛があるのだとしたら、あれは正しくない恋愛だったんだと思います」「あの時の気持ちに嘘はなかったし、本気だった」「僕はすごく熱くなって、夢中でした」「この街のせいでもない、時代のせいでもない、誰のせいでもない」「この曲が、誰かに寄り添って、その恋の熱を冷ましますように」

甘い夢はいつまでも続かない。『綾』。"僕の肩に顔を付けた"までの描写が、このふたりの結末を痛烈に物語っている。この曲の間は、客席は静まり返り、ただ、椎木がなぞる物語を鑑賞していた。そうして、やがてひとりになった作中の彼に、ふと、17の秋の、青い記憶が呼び覚まされる。『ふたり』。"君じゃなきゃダメなんて馬鹿みたいだよ  でも"なんて、そんな葛藤に、"どうしたらいい"と素直に感情を吐き出すことをやめ、取り繕うのが上手くなったのは、一体いつからだったのだろうか、とハッとさせられる。

 

「だからもう忘れた、どうして別れたかも」「だからもう忘れた、ねえ、どうして、泣いてたかも」「ずっと、楽しかったこともいっぱい、2人にはあったと思うんだ」「覚えているのは楽しかったことばっかりだ」「でももう一度君に会ったら思い出すんだろう」「あの嫌なとこ、見たくないとこ、別れの理由も、あの日流した涙も」「ほら、今年も」

"夏の匂いがした"

文字の如く真赤、真紅一色のハコの中で音をかき鳴らす3人を観て、呆然と立ち尽くしてしまった。『真赤』。過去一番で刹那的な光を放っていた真赤だった。アウトロで「今も、君の好きな色を歌っている」「でも君とのことはもう思い出にした」と口にしたのが印象的だった。

 


 

ここで一区切り。本格的なMCが入る。

「いろんなとこから来てくれたって知っています!」「時間を使ってくれて、お金を使ってくれて、今日、ここにいる人も、いない人も、みんなが頑張って俺らに会いに来ようとしてくれたこと知っています!」 上手も、下手も、上の方も、正面も、全部取りこぼさないように、椎木は全方位に細かく顔を向けながら、着飾らず、でも的確に伝わる言葉を選んで取り出す。言葉と行動をリンクさせて、まっすぐに伝えてくれるのは、彼の一番の魅力だと思う。

先の翠〜真赤までのブロックとは打って変わった、ゆるい雰囲気の中で、「5年前の武道館公演にも来てた人?」という質問がされ、挙手の数を見渡して「少なっ  5分の1くらい?」「ほとんどご新規さんだ、ご新規さんいらっしゃ〜い笑」なんてケラケラしていた3人は、互いに顔を見合せて笑いながら、徐々に音を鳴らし始め、続いてこう問いかける。

「みんなどう?」「みんなまだいける?」

 

「ドキドキしようぜ!」

ここからの熱狂といったらまあ、凄い。あれ、もしかして今からが本編ですか?なんて思うほどに、始まりが似合う『アフターアワー』から、平和の中の小さな革命、つまり反抗、少年期から青年期への変遷に必要な変革を歌う『革命はいつも』へ、そして、「みんな平日、土曜日までお疲れ様!仕事も学校もお疲れ様!」と労いの言葉を放ち始まった『仕事が終わったら』の流れはもう、まさに求めていた熱狂だった。

2016年リリースwoman's収録の『ワーカーインザダークネス』では"は?まじやばいんだけど"と不平不満に並走してくれていたのに対して、2022年リリースのこの曲では"よく頑張った!えらいな!"とゴールテープで出迎えて労ってくれるの超やばくないですか?まじで時の流れ、椎木の成長を感じる。もちろん良い意味で。この曲、3人が楽しそうに演奏している姿が観ていて気持ちがいいし、とてもライブ映えします。

 


 

待ちに待った、待ちに待った『ディアウェンディ』。来ると分かっていても嬉しい。こんなにもイントロを聴いて飛び上がるほど嬉しい曲は他にない。

「女は奢られるとか、男は奢るとか、なんかいろいろありますけど!」「そんなんどうでも良くないっすか?」「今日は俺が全部奢るよ!武道館にロックバンドを奢ってやる!」「俺が払うんだから好きにさせてよ?」

サビ前のメロのほとんど全部を使って、時事ネタをぶっ込む椎木知仁。このぶち上がりにぶち上がりきっている熱渦の中で、共通の話題を打ち放つ椎木知仁。もう、こんなん満塁ホームランでしょ。ユーモアを混ぜるそのタイミングとバランスがあまりにも完璧すぎて、わたしが同業者だったら嫉妬に狂って憤死している。よかったー、一般人で。危うく不意打ちで死ぬとこだった。あぶなー。

続く『リルフィン・リルフィン』は、照明演出とバヤさんのシャウトがどハマりしすぎて狂ってしまったので、あまりよく覚えていません。すみません。

 


 

「2023年2月18日武道館。カメラも入っていない今日のことは、いつかみんな忘れる。インスタのストーリーだって24時間で消えるだろ。それと同じだよ。でもただ忘れるんじゃない、新しい記憶が上に積み重なっていって、下にあるものから順番に消えていくんだ。」

「140字のTwitter、250円の牛丼。物価はどんどんどんどん上がり続けている。俺らの価値はどうだ?」

『フロムナウオン』。140字〜のこのくだりは、なんだか久しぶりに耳にした気がした。250円の牛丼も、そんなのいつの話だよ、なんて、そんなことを思っているうちにあっという間に触れられた世情。分かっている。椎木知仁は。

SNSの繋がりばっかり。お前ら一体誰と繋がりたいんだ?繋がるのは別にいいよ、でもその前に自分のこと大事にしてくれよ!」

「自分なんて好きになってもらえるわけないっていう人もいるかもしれない。けど、その攻略法があるんだ。それは、誰かを好きになること。」「人は鏡なんだ。誰かに好きになってもらうには、自分から好きにならないとダメなんだ。自分が傷つけられたくないなら、傷つけたらダメだよ。」

台本もない、ロックでもない、ブルースでも、ポエトリーでもない、My Hair is Badだ。これが、今の、My Hair is Badだ。

 


 

静かに、拍手が鳴る。しばらく続いた拍手がやがて次第に止み、始まったのは『戦争を知らない大人たち』。

この日、やまじゅんのドラムがいつにも増して力強く、曲の中盤でスティックが折れて、破片が宙を舞ったのが見えた。けれど、そこに一切の戯れはなく、瞬時にスティックは持ち替えられ、破片が飛んだ方角のバヤさんも微動だにせず演奏は続いていて、この悠然とした2人の姿に、このバンドのリズム隊の真骨頂を見た。3人の音圧が拮抗するこの曲が、いつも、「これはお前らの曲だよ」と、言葉も添えて届けてくれるこの曲が、本当に優しくて好きだ。

 


 

「今20代の人も、終えた人も、これからなる人も、全ての20代へ」そうして紡がれる『花びらの中に』と、続く『白春夢』。アルバムの収録順と逆転したこの流れは、空白を含むこの3年間を思い起こさせるには十分だった。

わたしは、20代のこれからの時間を大切にできるだろうか。今の自分のこと、心から好きだと、胸を張って言えるだろうか。やっぱり、あの春に取り残されてしまっているのではないだろうか。涙こそ流れないものの、胸が苦しい思いでいっぱいになった。少し、必要以上に考え込んでしまったけれど、昔から今まで、歳を重ねるこの過程にマイヘアがいて良かったと、そう思ったことは確かだった。

 


 

「あなたにとって、大切なものを思い浮かべて聴いてください。人じゃなくてもいいし、物でもいい。ひとつじゃなくてもいいよ」「悲しい曲じゃないです。あったかい曲です。笑顔になってほしい。悲しくならないでね」

優しい、本当に優しい声色で歌う『味方』。間奏でも、アウトロでも。前口上で述べた優しさに色を添えた。

「悲しかったことは、2人の内緒にしよ?弱いところは、2人の秘密にしよ?」「機嫌が悪い日も、調子が悪い日も一緒にいようよ、悪い時こそ一緒にいようよ」

「大丈夫だよ」

 


 

味方が終わって、小休憩に入る。「なんかさ〜、いいね」と、椎木知仁。3人が、うんうんと頷きながら客席を見渡す。違和感に気づき、一テンポ遅れて「え、あ、俺に振ってる?」とバヤさんが慌ててマイクに口を通すと、それにまた椎木が頷いた。

「うん、なんか、ここまでいろんな曲をやって、その度にその曲の主人公になりきるんだけど。だから今の俺は《味方モード》なんです」「いやなに味方モードって」テンポのいい2人の掛け合いに、会場は穏やかな空気に包まれる。

ここで、マイヘアではお馴染みの、メンバーの名を呼ぶ声に反応する。(この日は主にやまじゅんを呼ぶ声が目立っていた) 「てか、やまじゅんファン多くない? 俺"1992年3月〜"とか入る前にやまじゅんコールめっちゃ聞こえて気まずかったんだけど笑  ほら俺、前半スカしてんじゃん?」と話す椎木。それに呼応するようにやまじゅんの名を叫ぶ客席。「すごいやまじゅん呼ばれてるけど」と振る椎木に、すかさず「男は興味ねーんだよ!!」とバッサリ応えるやまじゅん。完璧である。

椎木は、ひとしきり笑い終えると、「ここからは味方モードから楽しむモードに切り替えます!みんなついてこれる?」と、どこか解放されたように晴れやかな笑みを浮かべて問いかける。客席の熱量がそれに応えると、満足気に姿勢を整えた。

 


 

そこから、「大切な曲です」と言葉を添えて演奏を始めたMy Hair is Badは、過去を赦し、愛し、慈しむ『宿り』を握りしめ、どうしたって勝利を確信してしまう『熱狂を終え』を糧に前進すると、『歓声をさがして』へと辿り着いた。

歓声をさがしての最後のサビで客電が全て点き、そのまま曲が終わる。それには、彼らの使命が強く反映されていて。振り返ってみたら、この日のフロムナウオンに答えがあった。「俺たちはステージに立っているけど、見られる側でいたいわけじゃない。今日はお前ら一人一人と俺たちで作るんだ。これは、お前とMy Hair is Badの物語だ。このステージに立ってる俺たちが主人公? そうじゃない。ここにいるみんなが主人公だ」その言葉が表す通り、ステージとフロアが対等に、全員が同じ土俵に立って本編は終わった。

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"大歓声や拍手が心の中で鳴って なぜか僕はただいまと漏らしてしまった" こんなに、この曲が映える日って他にある? これは間違いなく、この日ならでは、武道館2DAYSのうちの初日ならではの感情でした。

2023年、日本武道館新潟県上越My Hair is Badおかえり。

 


 

 

「アンコールありがとうございます!」

アンコールを求めるフロアに応え、再度登場した3人。椎木は、このツアーをインスタのストーリーズで記録し、それをハイライトに残していること、そして、今日ライブ前にあげたものがちょうど100本目であったことを話し始め、フロアを湧かせる。けれど、「今日が終わったらもう残らないです。ハイライトって100個までだから…」と光の速さで盛り下げる椎木に、すかさずバヤさんが「いや、俺がコロナになって飛ばしたライブまだ残ってるから」「明日もあるし!」とツッコミを入れ、「てかハイライトまた作れや笑」と、もっともな返しをすると、椎木が「たしかに。まだツアー終わってないのか。てかさっきSNSがどうとか言った癖に、インスタの話しちゃった笑」とちょけてこの話を着地させる。この日は、緩急の急の字もない、終始ゆるやかなMCでお届けされた。

 


 

さて、本題。再び楽しむモードを装備した椎木は、「アンコール、お前らが呼んだんだから盛り上げろよ!」と煽ると、『瞳にめざめて』を奏で始める。マイヘアらしいバンドサウンドが鳴る最新曲だ。"青い海より 光る星より 僕はただ君をみていたかった"と、過去の曲中に出てくる海や星といった情景のもとに描かれる抽象的な愛ではなく、ただまっすぐに、今、君に夢中なんだ、と愛を体現したこの曲が、今のマイヘアの最新曲であること。その答えは、冒頭のカモフラージュで得た《解》と、やはり一致するのです。

でもね、次には"大好きで大切で大事な君には 愛してるなんて言わないぜ"って歌うの。 いや、言って〜?  と、思わず心の中のわたしが前のめりになって出てきてしまったが、よく考えるとそうじゃない。『いつか結婚しても』、この曲の恐ろしいところは、先の歌詞は駆け引きなんかじゃなく、ただの照れ隠しであるということ。そんな目をして嘯いて、隠せてるとでも思ってるのかな?と、からかいたくなってしまうほどに、これでもかというほどに愛情を注がれる曲なのだ。瞳にめざめてで育まれた恋は、いつか結婚してもで愛に進化を遂げる。さすが、セトリがどこまでも巧妙で秀逸で笑ってしまった。

そして、同じアルバムから『噂』が続いた。この日はこの曲で終演する。"さよなら さよなら 死んだと思ってもいい 僕らを探さないで" なにこれ。ねえ、なんなの、この流れ。完璧じゃないの。欲を言えば、この日一緒に観た友人と聴きたかったこの枠の曲は他にあったけれど、こんな繋ぎ方されたら完璧すぎて文句も出なかった。本編で終わったと思っていた短編集はまだ続いていて、アンコールさえもひとつの物語なのでした。くやしい。もう。どう考えても完敗だ!

 

"それから何年後 誰かが描写して"

"そのまま二人は美しい噂になったんだ"

 

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-SET LIST-

01.カモフラージュ 

02.サマー・イン・サマー

03.18歳よ

04.ドラマみたいだ

05.翠

06.彼氏として

07.正直な話

08.綾

09.ふたり

10.真赤

11.アフターアワー

12.革命はいつも

13.仕事が終わったら

14.ディアウェンディ

15.リルフィン・リルフィン

16.フロムナウオン

17.戦争を知らない大人たち

18.花びらの中に

19.白春夢

20.味方

21.宿り

22.熱狂を終え

23.歓声をさがして

En1.瞳にめざめて

En2.いつか結婚しても

En3.噂